好きなものを好きなときに

弓弦アキトの好きなものを好きなときに適当に書きます。

白蛇と贄の子

人外×人間

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「ふむ」

白い髪、白いお着物、白い肌。裸足なのに傷一つない。そんなお方が、村のために捧げられた自分をお食べになって、村を救ってくれるのだ。きっと。そう信じていたのだけど。

「お前は食いでがない。骨と皮ばかりで肉が薄くてまずそうだ」

細い指先であごを持ち上げられて、ここ一帯からあがめられている神様と目があう。長細くて、金色の瞳孔は今までみたことがないくらいきれいだった。

「それに、我は神などではないぞ」

「え」

「ニンゲンどもが勝手にそう言っているだけだ。我はこの社を住処にしている化生よ」

ずず、と、神様の姿が変わっていく。

白い鱗、金色の目、真っ赤な長い舌は先っちょが二つに裂けている。しっぽから頭まで、自分をぐるりと囲んでもまだ余るほど。貧相なこの体など、丸呑みしたって腹の足しになるかわからないくらいだ。

「残念だったなあ、小僧。こうしてたまにニンゲンが餌を寄越してくれるから、ありがたく頂戴しているのだ」

「そんな」

いや、でも。

何人もの生贄が、この社に捧げられてきたと聞いている。自分が生まれる以前からずっと、飢饉や疫病、災害がある度に生贄が選ばれたらしい。そして生贄たちによって村は救われてきた。ならばきっと、化生と名乗る白蛇にも何か力があるに違いない。

「白蛇さま、この身を捧げます。どうか村をお救いください」

村は今、飢饉に見舞われている。雨の降らない日が続いたため作物が実らないのだ。山も食べ物が少なく、獣も食べ物を探して移動してしまった。野草を食ってしのいでいるがいつまで保つかわからない。

白羽の矢を立てられた家は子を差し出すのが習わし。仕方のないこと。四人も子がいるのだから、一人くらい、と村の誰もが思ったことだろう。現に、両親は一番貧相な末っ子を差し出した。

神様の下でしあわせにおなり。両親はそう言って送り出した。常に貧困にあえぐ農村では身なりもきちんとさせてやることなどできない。川で体を洗い流し、着の身着のままで村長に連れられて、置き去りにされた。

「白蛇さまにはお力があるはずです。どうか村をお救いください」

「我にそのような力はない。長く生きて、ニンゲンに化けられるようになっただけ」

「いいえ! これまで幾度もお救いくださったのは白蛇さまのお力のはずです」

「くどいぞ小僧」

しゃあ!と白蛇がうなった。

「我に村を救う力はない。神通力など我のような化生には程遠い力ぞ。あれは選ばれたものだけが使うことを許される」

ごろごろ、と空が鳴り始めた。暗雲が急に立ち込めてくる。見上げるとずっと先のほうまで、空が真っ黒になっていた。ときどき光っている。やがて、ぽつりと水が落ちてきて、瞬く間に少し先が見えなくなるくらいの大雨に変わった。

「これは我の力ではないぞ。お前が来た時にたまたま雷雲が近くを通った、それだけのことだ」

 

 

 

我が化生だと知るニンゲンに村に知らされると厄介だからな、食えるくらい太るまで飼ってやろう。そういって白蛇はニエを飼い始めた。ニエには親がつけた名前があったけれど、捨てられたも同然だったので白蛇から新しくニエと名前をもらったのだ。

白蛇は生き物を食べる。ネズミ、トカゲ、大きいものではシカなど。普段は丸呑みにしてしまうところだが、ニエが腹を空かせているからとわざわざ咥えて持ち帰ってくる。生肉はさすがに食べられないのでニエは火を起こすのだが、白蛇はそれが嫌いらしい。

夜は白蛇がとぐろを巻いた中にニエが入り、ひっついて眠る。真夏でもない限り、山奥肌寒いのだ。体温調節がうまくない白蛇はこども体温のニエを抱いて眠ることを、たいそう気に入ったようだった。

ニエが白蛇のもとに捧げられてから時は平穏に過ぎていく。これといった天災も。疫病もなく、村も平穏無事らしい。そのおかげで、ニエのあとに生贄がやってくることはなかった。

ニエに村に帰りたいという気持ちはない。白蛇はニエにごはんをくれるし、ずっと一緒いてくれるし、夜は抱いて眠ってくれる。村にいたときは、自分以外のきょうだいに押しのけられて両親に甘えられることなど少なかったせいだ。

村にいた時よりも食事ができるせいか、白蛇が言った骨と皮だけの体はだんだん肉付きよくなってきた。白蛇の腹に収まる日も近いかもしれない。何せニエは村から白蛇へ捧げられた供物だ。ただ白蛇との生活は悪いものではなかったから、終わってしまうことが少しさびしい。

「白蛇さま」

「なんじゃニエ」

「そろそろニエを食べますか」

 人間に化けた白蛇の目が見開かれる。

「そういえば、そうだったな」

すっかり忘れていたらしい。村を救うため、白蛇のためにニエが捧げられたことを。白蛇に食べられるために、ニエは白蛇の元にとどまり、食べ物をもらっていたことを。

「そうさな」

白蛇は考え込む素振りを見せた。ニエは白蛇に食べられることを前提にしていたものだから、白蛇が悩む理由がわからない。

「いや、お前を食べることはやめにしよう」

「ニエは白蛇様のために使っていただきたいです」

「食い物はここにじゅうぶんある。お前を食わねばならんほど困ってはいない」

それに。

「お前を抱いて眠るのに慣れてしまったからな。いまさらあの心地よさを手放すなどもったいない」