好きなものを好きなときに

弓弦アキトの好きなものを好きなときに適当に書きます。

あかずきんとおおかみさん

童話赤ずきん

人外×人外(予定

性別不明

 

f:id:fantasy_husky:20180211224457j:plain

 

 

 

「おばあちゃんの大好きなジュースと果物を入れたから、持っていってちょうだいな。あと、途中のお花畑でお花を摘んでいってあげなさい、おばあちゃん、きっと喜ぶわ」
母はそう言って、かごに入れた荷物を子どもに持たせた。こどもは、はいとこたえて、いつもどおり赤いずきんをしっかりとかぶる。
赤いずきんは子どものおまもりのようなものだ。これがないと、外に出てはいけないと母からよくよく言い聞かせられてきた。
いい子ね、と頭を撫でてくれる母の顔は、子どもからはよく見えない。母の手は背中へと移る。家のドアが開けられ、背を押された。
外へ出た子どもは、赤ずきんは、家を振り返った。太陽の光でやはり母の顔はよく見えない。手を振ってくれている。小さな手を、腕をせいいっぱいに振って、赤ずきんは家を後にした。


木々が多い茂る森の小道は、陽の光がすこしだけこぼれてくる程度で薄暗い。赤ずきんは家から歩き始めたときと同じ速度で、祖母の家へ向かう。
祖母の家はこの森の奥だ。病気がちな祖母にとって、自然のきれいな空気がいっぱいあるところで生活したほうが体にいいのだと、母は言っていた。祖母も何も言わずに受け入れたという。
森の小道は人通りがほとんどない。誰ともあいさつせず、すれ違わず、赤ずきんは小道を歩いていき、途中で道を逸れた。というのも、母に言われた花畑がそろそろ近づいてきたからだ。何度も通った見慣れた風景は、目印などなくてもその先に何があるかを、赤ずきんに教えてくれていた。
茂みを抜けると、覚えていたとおりの花畑に出る。赤、白、黄色、たくさんの花があたり一帯絨毯のように敷き詰められていた。誰かが花を持ち込んだのか、自然にそうなったのか、赤ずきんにとってはどうでもいいことだ。生まれた時から、初めてここに連れてこられたときから変わらぬ風景が、赤ずきんを静かに迎えいれる。
しゃがみこんで花を摘む。せっかく咲いたものなのに、摘んでしまうのはかわいそうだ。けれど花束にして祖母に持っていくようにとの母からの言いつけだから、赤ずきんは無心に花を摘んでいく。
束になるくらい摘んで、近くにあったツタをむしって花の茎に巻きつける。ヒモの代わりだ。手で握ったままでも持っていけるが、きっと萎びてしまうだろう。ツタで縛っておけば、カゴにも入れられる。
かさかさと、風が花畑を撫でた。
赤ずきんは背中になにかを感じて振り返ると、そこにはおおかみが迫っていた。おおかみは足に力を入れて、大きく飛びかかれば赤ずきんに届く位置にいる。おおかみと、赤ずきんの目があった。
おおかみはせっかく見つけた獲物に逃げられると思ったのだろう。体をぐっと沈めて、次の瞬間には赤ずきんを押し倒していた。赤ずきんの目の前にはおおかみの顔。飢えているのか息が荒い。舌でマズルを舐め、だらりと垂れたよだれが赤ずきんの顔を汚した。
赤ずきんは抵抗しない。赤ずきんの身長の倍の大きさほどもあるおおかみに対して、赤ずきんが何をしたところで無意味だ。それに、今になってようやく気付いたことだが、母が預けてくれたカゴからは、何か匂いがする。芳醇な、おおかみを刺激するような、ほのかな香り。おおかみが迷わず赤ずきんのところにやってくるように。
赤ずきんは目を閉じる。せめて、かじられるときは痛くないといい。無理な話だろうが、そう願っていた。
おおかみが大きな口を開けて、赤ずきんの首に牙を突き立てようとした、そのときだ。
「ギャッ!」
火薬が破裂するような音のあと、おおかみが悲鳴をあげた。おおかみの体から赤い血がしたたり落ちる。花畑に横たわったままの赤ずきんには何が起きたのかわからない。
わかるのは、おおかみが何者かに傷つけられたことだけ。
うなり声をあげておおかみがゆっくりを赤ずきんから離れていく。一歩、二歩、おおかみは後退していき、ぎらぎらとした目を後方に向けた。おおかみが目を向ける方向に何があるのか、赤ずきんはそろりと起き上がって確認しようとした。そこで火薬の破裂する音がまた、赤ずきんの耳を刺激する。
「ギャンッ!」
のけぞったおおかみはそのまま花畑に倒れた。花が巨体に押しつぶされる。血が、緑も白も黄色も、赤く染めていった。
「大丈夫かい」
現れたのは銃を構えたままのひげを顔中に蓄えた大男だ。動物の毛皮を身につけて、手に持った銃の口からは煙が立ち上っている。おおかみを撃ったのはこの男に違いない。
倒れたおおかみのそばに座り込んだままの赤ずきんを見て、男はもじゃもじゃのひげを、銃を持っていない方の手で撫でさする。けだるげに、心底いやそうに、はあをため息をついていた。
「ああ、いやだねえ、せっかく助けてあげたのに、」
男は銃の先を、赤ずきんにむけたのだ。
「自分の手で助けた子を殺さなきゃなんねえ」
赤ずきんは、銃の真っ黒な穴をじっと見つめるだけ。
「まさかこんな子どもとは思いもしなかったが、お金をもらった以上は仕事だからなあ。ごめんなあ」
誰かから頼まれたと、言外にこぼした男は弾を装填する。男の指がちょっと力をこめれば、銃口の先にある赤ずきんの頭は簡単に吹っ飛ぶだろう。
男に殺されるのも仕方ないこと。赤ずきんはおおかみに食べられたかったな、と思いながら、また目を閉じた。
銃で撃たれる瞬間はなかなかやってこなかった。そのかわり、たくさんのうなり声が男と赤ずきんを囲っている。撃たれたおおかみの仲間だろうか、家族だろうか。毛色の似た十頭以上のおおかみが、牙をむき出しにして敵意を向けている。
「ガウッ!」
囲っていたおおかみの一頭が先陣を切った。男は舌打ちをしながら、向かってくるおおかみに発砲する。火薬のはぜる音。狙いが甘かったのか、おおかみには当たらなかった。続いて、二発目に指をかけようとしたけれど、それは失敗に終わる。別のおおかみが、男の腕にかみついたからだ。
「ギャア!」
みっともない悲鳴をあげて、男はかみついたおおかみを振り払おうとした。めったやたらに、体を動かしてみたり、おおかみを振り回したり。けれどおおかみに牙は深く刺さっていて、抜けない。
男は持っていた銃を落とした。かみついたおおかみの鼻先をつかんで剥がそうとする。剥がされる前に、先陣を切ったおおかみが男の胴体にかみつく。そちらも剥がそうとして両腕が使用済みの状態になり、今度は別のおおかみが男の顔にめがけて突っ込んできた。おおかみの体重を支えきれない男は背中から花畑に倒れこむ。
「ぎゃっ、やめ、いだい、い、ぎゃああ」
男が転がったのを皮切りに、おおかみは男に群がった。その中心で、男は泣き叫ぶ。かみつかれ、かみちぎられ、皮膚を、肉を引っ張られて、悲鳴をあげる。
赤ずきんは男の様子に興味がなかった。それよりも、横たわるおおかみに目を向ける。まだ息はあった。ただ虫の息というやつだ。絶命寸前だった。
「おおかみさん」
赤ずきんが声をかけても、おおかみは首をもたげることもできない。視線だけが赤ずきんをとらえたが、見えているのかもわからない状態だ。赤ずきんはそれでも話しかけることをやめない。
「おおかみさん、これ、飲んでみる?」
おおかみの爪をつかって、赤ずきんは自分の腕をさくりと傷つけた。血が、ぽたぽたと落ちる。なぜ? おおかみの目に疑問が浮かんだ。
風が、花畑に強く吹きすさぶ。たまにあることだが、風のせいで子どもの赤いずきんはすっかり取れてしまった。
子どもの頭にあるのは、赤いずきんでもなければ隠せないほどの角だ。ぐるりと巻いた角は、おおかみが大好きなひつじややぎのものに似ている。
異形なのだ、赤ずきんは。だから、母からは血の匂いのするカゴを持たされたし、今おおかみたちにかじられている男は赤ずきんに銃を向けた。そもそも、赤いずきんはその忌まわしい角を隠すために、母に与えられたものだった。
「飲んだところでたすかるかもわからないし、助かってもおおかみさんがどうなるかも、わからないけど」
それでも、よければ。

◇◇◇◇

こんこん。ドアをノックする音がした。ベッドに身を横たえた老婆は、遠くなってしまった耳でかろうじてその音を拾い上げる。
「はいはい、どなただい」
ひどくゆっくりとした動作で体を起こしながら、ドアの向こうにいる人に呼び掛ける。返事はなかった。老婆は首をかしげながら、ベッドから出てドアに向かい、ノブをひねる。鍵もかかっていないドアはいとも簡単に老婆を外の世界に連れ出した。
「誰もいないのかい」
木漏れ日あふれる森には誰かがいた気配はない。気のせいかねえ、などとぼやきながら老婆はドアを閉めようとして、視線を落とす。その先にある、子どもが持てるくらいのカゴに気付いた。中には老婆が好きなジュースと果物、それにちいさな花束が添えられていた。
「あの子が来たのかねえ」
たまにやってくる赤いずきんをかぶっている子どもは、いつもうつむきがちで目が合ったことは数度しかない。母から預かったという贈り物を持ってやってくるときはノックをしてくれて、ドアを開ければ影のようにたたずんでいたのに、今日はどうしたことか。
老婆は疑問に思いながらも、平和な森だから荷物を置いて帰ったのだろうと片づけた。おおかみたちが草陰からいつも家をのぞき込んでいることなど、老婆は気付きもしないのだ。

◇◇◇◇

「飯だ、食え」
どちゃりと湿った音。地面に落ちたのは何かの動物の肉片のようだ。原型をとどめていないので元がなんだったかは赤ずきんにはわからない。
「生肉は、ちょっと」
「生肉のほうが力がつくぞ」
「せめて焼いていい?」
自然にできた大きな洞穴の奥では、おおかみたちが獲物に群がっている。獲物をとってきたのは赤ずきんが助けたおおかみだった。おおかみといっても、獲物に群がるおおかみたちとは体格が違った。
異形の赤ずきんの血を分け与えられたおおかみの体躯は、他のおおかみの倍以上ある。知能は発達して言葉を扱うようになった。爪も牙もより鋭くなったおかげで獲物を狩るにはちょうどいい。
あれから月日が流れて、戻ってこない赤ずきんに母も他の人間も清々していることだろう。誰も探しに来ないのがその証拠だ。
「アカ、もっと食え、たくさん食え」
「そんなに食べられない」
「たくさん食って、大きくなれ」
ボスおおかみは赤ずきんにたくさん獲物をとってくる。
ちいさな体の赤ずきんに、自分くらい大きくなれということなのか。それとも後で食うためにもっと太れということなのか。
赤ずきんは誰からも求められなかった、だから、ボスおおかみがどんな意味で食えと言っているのかは、気にしない。おおかみに拾われたから、今度はおおかみのいう通りする、ただそれだけのことだ。